2020年03月07日

従姉の命日

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きょうは従姉の命日。11年前、ちょうど土曜日の夜、天国に旅立って逝きました。
亡くなった直後に、従兄が電話をかけてきてくれて、お店の片づけをしていた時だった。
記事の通り、3人目のお子さんが妊娠中に乳がんが発覚、出産後、即治療を開始、病気と共生していたが、
19年後に肝臓に転移が発覚。
2008年春から、ご主人(高校野球の監督)と共に高知へ移住。
お子さん達は、それぞれ他府県で大学生だった。

コ・マダムがお店をした翌年で、慣れない仕事にいつも励ましのメールや手紙をいただいて、
 「仕事ができるうちが華ですよ・・・」っと。
7歳上の従姉は、コ・マダムにとって小さい頃から大きなお姉ちゃん的な存在。
知り合いも居ない、高知での従姉のがんの治療は、想像も付かなかったけれど、弱音を吐くことなく、
いつも前向きに頑張っていたように思う。
従姉の母は57歳、奇しくも乳がんであーっという間に、逝ってしまわれた。
従姉が34歳の頃だったと思う。

50歳という、あまりにも短い一生だったように思うけど、3人のお子さんをそれぞれ立派に育てあげて、
乳がんに屈しない!っと最期まで挑み続けた。
自身の病状記録をまとめたり、島根に乳がん患者の会、「あけぼの会」を立ち上げるなど、
 ”乳がんは自分で見つけられるがん(触診で異常を見つけやすい)命を落とさないで!”
っと、検診を奨励し、積極的に啓発活動も行っていた。
また、子育てが一段落をした後に、教壇にも立って、元気になったら、”いのちの授業をしたい!”っと
言ってたのに・・・
亡くなる1ケ月前に、母と高知にお見舞いに行ったのが、最期のお別れとなってしまった。

以前、SNS上でコ・マダムの同級生が語っていた言葉が印象的で、紹介します。
 「なんとなく過ごしたきょう1日は、きのう亡くなった人がどうしても生きたかった明日」
一日一日を大切に過ごしたいですね。
























posted by コ・マダム at 14:14| 日記

2020年03月03日

ひなまつり

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3月に入り、日中の日差しが柔らかく、一日が長くなり(夕方5時過ぎでも明るい)少しずつ春に近づいているのを感じます。
きょうは”ひなまつり” 男ひな、女ひなの並べ方が、京都・関西地域と他の地域とは異なるの、ご存知ですか?
以前、お茶のお稽古をしていた時に、先生から伺いました〜
京都は御所よりの昔からの風習で、男ひなが向かって右、女ひなが向かって左・・・
それに対して、他の地域では結婚式の新郎(左)新婦(右)の立ち位置と同じで、京都とは逆なんです。

世界中を震撼させている、コロナウィルスのニュース報道で、この言葉の意味を思い出しました。
茶道の心得であり、禅語のひとつ「和敬清寂」和を尊び、互いに敬い、平常心を持ち、心穏やかに〜
歴史上で幾度となく繰り返された、さまざまな疫病、飢饉を先人達はどのように乗り越えてこられたか?
そんなことに思いを馳せながら、早く無事で収束に向かいますように・・・

お客様よりいただいた、福壽堂秀信さんの和菓子をいただきながら、まあ、お茶でも一服しましょうか!?






















posted by コ・マダム at 13:23| 日記